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ミシャグチ様とその社の一覧

  守矢神長家の話 守矢早苗
      「神長官守矢資料館のしおり」より

■洩矢神からの生命のつらなり

 諏訪盆地には「古事記」に書かれた出雲の国の国譲神話とは別にもう一つの国譲神話が言い伝えら れています。そのことは、室町時代初期に編まれました「諏訪大明神絵詞」などに記されています。  それによりますと、大和朝廷による日本統一以前の話になりますが、出雲系の稲作民族を率いた 建御名方命がこの盆地に侵入しました時、この地に以前から暮らしていた洩矢神を長とする先住 民族が、天竜川河口に陣取って迎えうちました。建御名方命は手に藤の蔓を、洩矢神は手に鉄の輪 を掲げて戦い、結局、洩矢神は負けてしまいました。その時の両方の陣地の跡には今の藤島明神 (岡谷市三沢)と洩矢大明神(岡谷市川岸区橋原)が、天竜川を挟んで対岸に祭られており、 藤島明神の藤の木はその時の藤蔓が根付いたものといいますし、洩矢大明神の祠は、現在、守矢家 の氏神様の祠ということになっています。
 一子相伝で先々代の守矢実久まで口伝えされ、実久が始めて文字化した「神長守矢氏系譜」に よりますと、この洩矢神が守矢家の祖先神と伝えられ、私でもって七十八代の生命のつらなりと なっております。今でも洩矢神の息づかいが聞こえてくるようにさえ思われます。  口碑によりますと、そのころ、稲作以前の諏訪盆地には、洩矢の長者の他に、蟹河原の長者、 佐久良の長者、須賀の長者、五十集の長者、武居の長者、武居会美酒、武居大友主などが住んで いたそうです。
 さて、出雲から侵入した建御名方命は諏訪大明神となり、ここに現在の諏訪大社のはじまりが あります。このようにして諏訪の地は中央とつながり稲作以後の新しい時代を生きていくことに なりましたが、しかし、先住民である洩矢の人々はけっして新しく来た出雲系の人々にしいたげ られたりしたわけではありませんでした。このことは諏訪大社の体制をみればよく解ります。 建御名方命の子孫である諏訪氏が大祝という生神の位に就き、洩矢神の子孫の守矢氏が神長 (のち神長官ともいう)という筆頭神官の位に就いたのです。
 大祝は、古くは成年前の幼児が即位したといわれ、また、即位にあたっての神降ろしの力や、 呪術によって神の声を聴いたり神に願い事をする力は神長のみが持つとされており、こうしたこと よりみまして、この地の信仰と政治の実権は守矢が持ち続けたと考えられます。
 こうして、諏訪の地には、大祝と神長による新しい体制が固まりました。こうした信仰と政治 の一体化した諏訪祭政体は古代、中世と続きました。
■ミシャグチ様のこと。

  諏訪大社の祭政体はミシャグチ神という樹や笹や石や生神・大祝に降りてくる精霊を中心に営 まれます。家ではミシャグチ様と呼んでいましたし、多くの呼び名や宛字のある神様ですが、 ここではミシャグチ神とします。そして、一年に七十五度の神事が、中世までは前宮と大祝の住む 神殿、そして冬季に掘られた竪穴である御室や十間廊、八ヶ岳山麓の御射山(現・諏訪郡富士見町) で行われました。
 そのミシャグチ神の祭祀権を持っていましたのが神長であり、重要な役割としてのミシャグチ上 げや、ミシャグチ降ろしの技法を駆使して祭祀をとりしきっていました。  大祝の分身である童児は、内県(旧諏訪郡一帯)、外県(旧伊那郡一帯)、大県(信州一円の神氏 系の代表)からそれぞれ一年毎に選ばれて奉仕していました。童児たちは神長屋敷西側の現在の祈祷 殿の位置にあったといわれます精進屋の中で一定期間の籠りをした後に前宮での神事に参加しました。
■一子口伝の秘法の終わり

 このように守矢家は諏訪信仰とともに長い長い歴史を生きてきたのですが、明治維新によって大き な変化をこうむりました。明治五年、世襲の神官の制が廃止され、神長という職は消えます。また、 明治六年には家宝であった鹿骨製の御宝印や御頭お占法用具そして鏡、太刀などが諏訪大社上社に移 されました。しかし神長がミシャグチ神の祭祀に用いた佐奈伎鈴は家に残されました。
 そうした激変の時期に神長であった七十六代の守矢実久は、神長の祭祀が消えることを惜しみ、 七十七代の真幸にその一部を伝えました。
 私は更に次のように伝え聞いております。
 明治の解職に至るまで神長の神事の秘法は、真夜中、火の気のない祈祷殿の中で、一子相伝により 「くちうつし」で伝承されました。
 その内容は、 ○ミシャグチ神祭祀法
○冬季に竪穴の御室で行われる神事の秘法
○御頭祭の時に行われる御符札の秘法
など年内神事七十五度の秘法をはじめ、
○大祝が前宮のカエデの樹の下で行う即位式の秘法
○祈祷殿で行う蟇目の神事法
○家伝の諏訪薬なる製造法
○守矢神長の系譜
などでした。神事の細目は「年中神事次第旧記」などに記されていますが、具体的な神事の方法に つきましては、一子相伝で伝わったのです。
 しかし、それも明治の一大変動により七十六代実久でもって永遠に絶えました。祖父の七十七代 真幸は、ミシャグチ神頭占定の秘法と蟇目神事についてのみ口伝をうけたそうですが、それも七十七 代で終焉を迎えました。今となっては惜しまれるばかりです。


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    ミシヤグチ神、御社宮司社、御射山社、社宮社の一覧

1.ミシヤグチ神とは

ミシヤグチ神は、自然万物に降りてくる精霊と言われます。
 ミシヤグチ神は洩矢神の後裔の神長官(守矢家)邸の一画に祭られています。守矢家で現在78代目
となっています。 一子口伝の秘事として伝えられてきていましたが、2〜3代前に多くが失われた
ようです。
守矢神長家の話 守矢早苗 (「神長官守矢資料館のしおり」より)

 諏訪大社の祭政体はミシャグチ神という樹や笹や石や生神・大祝に降りてくる精霊を中心に営まれ
ます。家ではミシャグチ様と呼んでいましたし、多くの呼び名や宛字のある神様ですが、ここでは
ミシャグチ神とします。そして、一年に七十五度の神事が、中世までは前宮と大祝の住む神殿、
そして冬季に掘られた竪穴である御室や十間廊、八ヶ岳山麓の御射山(現・諏訪郡富士見町)で
行われました。 そのミシャグチ神の祭祀権を持っていましたのが神長であり、重要な役割としての
ミシャグチ上げや、ミシャグチ降ろしの技法を駆使して祭祀をとりしきっていました。
 ミシャグジ、ミシャグジ様、ミシャグチ、ミサグチと呼ばれます。またそれを祀っていた諏訪の
氏族、守矢(洩矢)氏の姓から、モレヤの神、モレヤ様などとも呼ばれます。漢字では、御社宮司
や御射宮司等と書かれます。
 諏訪湖の土着神で、縄文時代から祀られてきたともされています。現在でも諏訪大社(特に上社)
に祀られ、蛇神、また御射山をご神体とする山神で、ミシャグジ降ろしの祭祀において憑依託宣
(ひょういたくせん)する神です。
 この地方の伝承によれば、元々は何柱かの土着神がいたようで、それが次第にミシャグジに集合
されていったと考えられています。現在は神格として、蛇神(山神)兼、狩猟神となっています。
 古くはモレヤ神が木石の神、チカト神が狩猟の神、ソソウ神が蛇神などとして、別々の神格として
祀られていたようです。
 ミシャグチ神をアラハバキ神の仮の姿とする見解があるが、縄文時代に遡る神ではあろうが、
まさか一神教の時代でもあるまいし、積極的にアラハバキ神とする根拠は乏しいのではないか。
どちらかと云えば「石神」ではあるまいかとする『神社を中心とした宝飯郡史』の説は興味深い。
『神社を中心とした宝飯郡史』は「桃色蜥蜴さん」の御提供になる資料です。感謝。
2.一覧

武蔵久良岐 杉山神社「大己貴神」摂社社宮祠社「猿田彦大神」横浜市西区中央1ー13ー1
相模 高座 社宮神「大比瑠女神」藤沢市辻堂元町4-5737
甲斐 都留 社宮地神社「土坤埴安命」富士吉田市大明見4009
信濃 佐久 社宮司社「猿田彦命」小諸市大字山浦字宮ノ前29
信濃 小県 社宮司神社「天照皇大御神、豐受大神」小県郡和田村478
信濃 諏訪 八劔神社「八千矛神」摂社御社宮司社「御社宮司神」諏訪市小和田13-18
信濃 諏訪 諏訪大社上社本宮「建御名方神、八坂刀賣神」摂社御頭御社宮司社「御射宮司神」
      諏訪市大字中洲字宮山1 5座あり
信濃 諏訪 諏訪大社上社本宮摂社御射山社「建御名方神、大己貴命、高志沼河姫命」
      諏訪市大字中洲字宮山1
信濃 諏訪 諏訪大社下社秋宮摂社御射山社「建御名方神」旧御射山社「建御名方神」
      諏訪郡下諏訪町5828 信濃 諏訪 御社宮司神社「健御名方神」岡谷市湖畔1-26-7
信濃 諏訪 御頭御社宮司神社「?」岡谷市湊字糠塚2707・2708合併
信濃 諏訪 小井川賀茂神社「吾奈脊神、彦火鎭神」摂社御社宮司神社「櫛磐・神、豐磐・神」
      岡谷市加茂町3-6-8
信濃 諏訪 手長神社「手摩乳命」摂社御頭御社宮司社「諏訪大神御子神」諏訪市茶臼山556
信濃 諏訪 八幡社「譽田別命」摂社御社宮司社「諏訪大神御子神」諏訪市大字中洲字宮ノ前3883
信濃 諏訪 達屋酢藏神社「大己貴命」摂社御社宮司社「諏訪大神、御子神」茅野市ちの字宮ノ前3298
信濃 諏訪 御社宮司社「?」諏訪市大字豊田字町屋3677
信濃 諏訪 御社宮司社「池生命」諏訪市大字豊田字西裏1461
信濃 諏訪 御頭御社宮司社「諏訪大神御子神」諏訪市大字中洲字家前2762
信濃 諏訪 御頭御社宮司社「諏訪大神御子神 配 國常立命」諏訪市大字中洲字開戸5007
信濃 諏訪 南方御社宮司神社「諏訪大神 配 諏訪大神御子神」諏訪市大字湖南字大道上2099
信濃 諏訪 北方御社宮司社「諏訪大神御子神」諏訪市大字湖南字砥沢2993
信濃 諏訪 御頭御社宮司社「健御名方神 配 健御名方神御子神」諏訪市大字湖南字田辺515
信濃 諏訪 御社宮司神社「建御名方命」茅野市豊平字福沢1171-1
信濃 諏訪 御社宮司神社「建御名方命、建御名方命御子神」茅野市米沢字宮3212
信濃 伊那 法性神社「建御名方命、御産子命」上伊那郡辰野町大字平出字宮ノ脇2305
信濃 伊那 原山社山王崎社合殿「健御名方命、山王崎大神、御社宮司大神」
      伊那市大字伊那字上垣外4098-イ
信濃 伊那 社宮司社「猿田彦尊」伊那市大字富県4443
信濃 伊那 萩山神社「建御名方命」摂社末社「合 社護神 ほか」下伊那郡高森町大字下市田988
信濃 伊那 諏訪社「健御名方命」摂社社具地社「社具地大神」下伊那郡豊丘村大字神稲字宮ノ脇1062
信濃 伊那 御社宮司社「大己貴命」伊那市大字美篶字下大島5290-1
信濃 伊那 御社宮司社「大己貴命」伊那市大字美篶字下川手10167
信濃 伊那 箕輪南宮秋宮社「建御名方命 配 御子神」摂社御射宮司社「伊豆速雄命」
      上伊那郡箕輪町大字三日町1933
信濃 伊那 御射山社「健御名方命」伊那市大字美篶字笠原2750
信濃 伊那 御射山神社「建御名方命」下伊那郡松川町大字上片桐字御射山3504
信濃 伊那 御射山神社「大己貴命」飯田市松尾毛賀サ山1087
信濃 伊那 天神社「菅原道眞」摂社社宮司社「健御名方命」飯田市大字松尾3384
信濃 伊那 御射山社「建御名方命」下伊那郡下條村大字陽皐字松ノ越695
信濃 伊那 矢彦神社「天香語山命、熟穗屋姫命ほか」摂社御射山社「神社の祭神を鉾に降神」
      上伊那郡辰野町大字小野3267
信濃 伊那 箕輪南宮神社「建御名方命、八坂刀賣命」摂社御射宮司社「猿田彦命」
      上伊那郡箕輪町大字中箕輪12500
信濃 伊那 白山社八幡社合殿摂社御射山社「大己貴命、國常立尊」上伊那郡南箕輪村7178
信濃 伊那 萩山神社「建御名方命」摂社御射山社「建御名方命」下伊那郡高森町大字下市田988
信濃 伊那 天神社摂社御射山社「健御名方命」、社宮司社「健御名方命」
      飯田市大字松尾3384 下伊那郡松川町大字生田字宮ノ前2559
信濃 伊那 福與三柱神社摂社御射山社「大山祇命」 下伊那郡松川町大字生田字宮ノ前2559
信濃 筑摩 御射社春宮「健御名方命、八坂刀賣命、事代主命」」松本市浅間温泉814
信濃 筑摩 御射社秋宮「健御名方命、八坂刀賣命、美佐久知神」松本市三才山1707
信濃 筑摩 小野神社「建御名方命」摂社御射山社「建御名方命」塩尻市北小野175-1
信濃 筑摩 社宮司神社「美佐久知神」松本市大字大村朱引中221
信濃 筑摩 荒神社「火産靈神、奧津彦神、奧津比賣神」摂社社宮司社「大物主神」 
      東筑摩郡四賀村大字中川字荒神林7429
信濃 筑摩 雷神社「武甕槌男神」摂社社宮司社「大地主神」東筑摩郡四賀村大字鳥出831
信濃 水内 御射山神社「健御名方命 配 八坂刀女命」
      長野市大字入山字諏訪宮36 上水内郡小川村大字小根山6862
信濃 水内 小川神社摂社御射山神社「迦具土命、健御名方命、十二天白神、大市姫命、崇徳天皇」
      上水内郡小川村大字小根山6862
信濃 安曇 社宮司社「猿田彦命」南安曇郡三郷村大字明盛837-イ
信濃 安曇 一本木神社「天照大御神、熊野久須毘命」摂社社宮司社「猿田彦命」
      大町市大字常盤字上一本木4733
美濃 羽栗 社宮神社「倉稻魂神」各務原市成清町本1000番地の1.3
美濃 羽栗 社宮地神社「八衢比古神」羽島郡岐南町字藤木84番地
美濃 加茂 白幡神社「天照大神 合 尺地神ほか」加茂郡白川町黒川8183番地
美濃 各務 稲荷神社「倉稻魂神」摂社御社護司神社「卷地打初水繩埋之命」
      各務原市蘇原大島町6丁目102番地
美濃 各務 八幡神社「應神天皇」摂社社宮神社「倉稻魂神」各務原市那加山後町3丁目188番地
美濃 多芸 八幡神社「應神天皇」摂社社宮神社「宇迦魂神」養老郡養老町根古地字城屋敷31番地
美濃 安八 社宮神社「保食神、豐受大神」安八郡安八町大森537番地
美濃 大野 社宮神社(しゃみや)「猿田彦神」揖斐郡谷汲村大字岐礼471番地の1
駿河 駿東 鷲頭神社「高・神」摂社縁結神社(諏訪大明神,結大明神,左口神,稲荷大明神)
     「合 左口神」摂社牛頭天王,左口神,正一位稲荷大明神「合佐口神」沼津市大平1824
駿河 富士 社宮司神社「社宮司神」富士市上横割121-2
駿河 富士 社宮司神社「社宮司神」富士宮市小泉104
駿河 益津 大井神社「彌都波能賣命、猿田彦命」摂社左口社「左口神」焼津市駅北2丁目5-13
駿河 益津 若宮八幡宮「品陀和氣命」摂社社護神社「社護神」焼津市中里1000
駿河 志太 神明宮「天照皇大御神」摂社八王子神社「八王子神、合 左口神ほか」
      焼津市三ケ名980番地
遠江 敷知 賀茂神社「鴨建角身命、別雷命 合 斜口宮大神 ほか」浜松市東伊場1丁目
遠江 敷知 二宮神社「大物主神」摂社社宮司社「倉稻魂神」浜名郡新居町中之郷320
遠江 敷知 都築神社「天照皇大神」摂社社宮司神社「猿田彦神」引佐郡三ケ日町都築1176-1・1176-2
遠江 敷知 神明宮「天照大御神」摂社社宮神社「猿田彦神」引佐郡三ケ日町岡本1744
遠江 長上 神明神社「豐受大神」摂社社宮司社「猿田彦命」浜松市積志町
遠江 豊田 社宮神社「岐神」浜松市都田町
遠江 豊田 野邊神社「大山咋命」摂社社宮司神社「祭神不詳」磐田郡豊岡村敷地940
尾張 愛知 社宮司社「猿田彦大神、八衢彦神、八衢姫神」名古屋市熱田区須賀町41
尾張 愛知 春日社「武甕槌命ほか」摂社社宮司社「地域の物故者」
      愛知郡東郷町大字春木字西前6,067
尾張 丹羽 小豊尊社「小止與命」摂社社宮司社「祭神不詳」一宮市丹陽町猿海道字六反田454
尾張 中島 三十八所社「神日本磐余彦尊、伊弉諾尊、伊弉冉尊」摂社社宮司社「祭神不詳」
      一宮市大和町妙興寺字三十八社2、001
三河 碧海 比蘇天神社「高御産巣日神 合 倉稻魂命、社口神」岡崎市宮地町字北浦42
三河 碧海 社宮神社「石上神ほか」岡崎市富永町字社本48
三河 碧海 社宮司社「鈿女命ほか」岡崎市土井町字蔵屋敷44
三河 碧海 神明社「大日・貴命」摂社社口社「猿田彦神」岡崎市宇頭町字後久50
三河 碧海 八幡宮「應神天皇、玉柱屋姫命」摂社社口社「猿田彦神」岡崎市井内町字久世62
三河 碧海 和志取神社「五十狹城入彦皇子」摂社社口社「布都御魂神」岡崎市西本郷町字御立4
三河 碧海 神明社「大日め貴尊」摂社社宮社「三狐神」岡崎市上三ツ木町字北島16
三河 碧海 社口社「布都御魂神」豊田市畝部東町長乱43
三河 碧海 社口社「猿田彦命」豊田市畝部西町国江1
三河 碧海 社口社「猿田彦命」豊田市永覚町南訳2
三河 碧海 不乘森神社「大山咋命」摂社社口社「猿田彦命」安城市里町森128
三河 碧海 八劔神社「日本武尊」摂社社口社「饒速日命」安城市和泉町宮ノ腰63
三河 碧海 熊野神社「伊邪那冉尊 合 伊麻留明神」摂社社口社「祭神不詳」安城市藤井町東山7
三河 碧海 素盞嗚神社「素盞嗚之尊」摂社社口社「祭神不詳」安城市寺領町久後17
三河 碧海 春日神社「天津兒屋根命」社口社「猿田彦命」安城市木戸町東屋敷66
三河 碧海 八幡社「譽田別尊」摂社社口社「猿田彦命」知立市牛田町宮本14
三河 碧海 神明社「天照大御神、豐宇氣毘賣神」摂社社口社「」西尾市小間町大塚67
三河 幡豆 社宮司社「高皇産靈神」西尾市東浅井町提内27
三河 幡豆 神明社「天照大御神」摂社社宮司社「?」西尾市上永良町宮東11
三河 幡豆 若一神社「伊邪那美命」摂社社口社「高皇産靈神」幡豆郡一色町大字赤羽字下郷114
三河 幡豆 神明社「天照大御神」摂社御社口社「高皇産靈神」幡豆郡一色町大字池田字後河107
三河 幡豆 春日神社「天兒屋根命」摂社社口社「高皇産靈神、神皇産靈神」 
      幡豆郡吉良町大字上横須賀字宮腰50
三河 額田 神明社「伊勢大神」摂社社口社「猿田彦命」額田郡額田町大字中伊字楮之木22
三河 額田 社宮司社「猿田彦命」額田郡幸田町大字久保田字社口25
三河 加茂 八柱神社「天之忍穗耳命ほか」摂社男社口社「祭神不詳」女社口社「祭神不詳 」
      豊田市長興寺2−71
三河 加茂 八柱神社「天忍穗耳命」摂社社口神社「猿田彦神」豊田市石野町上谷下60
三河 加茂 白山神社「伊邪那美命」摂社社口水神社「國之水分神」豊田市幸海町屋下21
三河 加茂 八幡神社「譽田別命」摂社社口社「祭神不詳」豊田市坂上町庵田和25
三河 宝飯 砥鹿神社「大己貴命」に社宮神社 宝飯郡一宮町大字一宮字西垣内2 
     『神社を中心とした宝飯郡史』
      上記の社宮神社「倉稲魂神」宝飯郡一宮町大字一宮字野添 『砥鹿神社誌』
三河 宝飯 下賀茂神社「玉依姫命」に社宮神 宝飯郡音羽町大字萩字下森前71 
     『神社を中心とした宝飯郡史』
三河 宝飯 江島神社「菅原道真」に社宮神 宝飯郡一宮町大字江島字西脇50 
     『神社を中心とした宝飯郡史』
三河 宝飯 赤日子神社「彦火火出見尊」摂社社口神社「太田命」蒲郡市神の郷町森58
三河 宝飯 進雄神社「素盞嗚命」摂社社宮神「作神」豊橋市横須賀町字宮元2
三河 宝飯 白山神社「白山姫命」摂社社宮神社「豐磐間戸神」豊川市三蔵子町宮前30
三河 宝飯 伊知多神社「須佐之男命ほか」に尺打社 『神社を中心とした宝飯郡史』
三河 宝飯 中條神社摂社今宮社「賀突大神、櫛石窗命、豐石窗命」
      豊川市中條町宮坪22 石堂神大神に比定 『神社を中心とした宝飯郡史』
三河 宝飯 素盞嗚神社「素盞嗚命」摂社社宮社「猿田彦命」豊川市市田町宮田9
三河 宝飯 八幡社 宝飯郡小坂井町大字平井字水戸田34 社供神 『神社を中心とした宝飯郡史』
三河 宝飯 篠束神社 宝飯郡小坂井町大字篠束字西宮28 作宮神「豐石窗命」
     『神社を中心とした宝飯郡史』
三河 宝飯 多美河津社「朝廷別王」宝飯郡小坂井町大字宿字宮脇33 石神社「豊受姫命」
     『神社を中心とした宝飯郡史』
三河 宝飯 久保神社 豊川市久保町社地3 社宮社「稲蒼倉神」『神社を中心とした宝飯郡史』
三河 宝飯 大社神社 豊川市国府町流霞5 旧社宮『神社を中心とした宝飯郡史』
三河 宝飯 望里神社 豊川市森町竹下29 社宮司社『神社を中心とした宝飯郡史』
三河 宝飯 稲荷神社 豊川市為当町宮脇32 石神井社「八衢比古神、八衢比賣神、
      天九那戸神」 旧社宮祠『神社を中心とした宝飯郡史』
三河 宝飯 佐脇神社 宝飯郡御津町大字下佐脇字宮本81 社宮司社「猿田彦命」
     『神社を中心とした宝飯郡史』
三河 宝飯 八劔神社 蒲郡市三谷町七舗139 尺地神社「大田尊」『神社を中心とした宝飯郡史』
三河 宝飯 砥神神社 蒲郡市豊岡町下久貝17 社口社「保食神」『神社を中心とした宝飯郡史』
三河 宝飯 八幡社 蒲郡市五井町岡海道80 社宮司社(守宮神)『神社を中心とした宝飯郡史』
三河 宝飯 尺口神社「猿田彦命」 蒲郡市拾石町蔵シ田22
三河 宝飯 水竹神社(天神さん) 蒲郡市水竹町大坪2 社宮司社「岐乃命、猿田彦命」
     『神社を中心とした宝飯郡史』
三河 宝飯 月読神社 蒲郡市平田町西長根49 社口社『神社を中心とした宝飯郡史』
三河 宝飯 乙姫神社(旧水竹貴船神社)「豐玉姫命 配 級長津彦命、水分命」  
      蒲郡市水竹町下島121 社宮神社『神社を中心とした宝飯郡史』
三河 宝飯 尺地社「太田命」蒲郡市竹谷町錦田24
三河 宝飯 進雄神社 宝飯郡一宮町大字大木字山ノ奥106 社宮師『神社を中心とした宝飯郡史』
三河 宝飯 素盞嗚神社 豊川市樽井町宮前20番地 塞神神社「八衢比古神、八衢比賣神、
      九那斗神」『神社を中心とした宝飯郡史』
三河 宝飯 神明宮 豊川市金屋本町1−61 塞神社「船戸神」『神社を中心とした宝飯郡史』
三河 宝飯 大木神社「大木食命」に社宮神社 宝飯郡一宮町大字大木字横町58 
     『神社を中心とした宝飯郡史』
三河 渥美 伊古部神社「天之忍穗耳命」摂社社宮神社「保食神」豊橋市伊古部町字長左ケ谷157
三河 渥美 莵頭神社「月讀命」摂社社宮社「泉戸塞神」豊橋市高塚町西方2
三河 渥美 八柱神社「伊雜皇大神」摂社社宮社「?」豊橋市細谷町字上大附99
三河 渥美 八幡社「譽田別命」摂社社宮社「猿田彦命」渥美郡渥美町大字八王子字宮下33
伊勢 桑名 小山神社「櫛玉神 配 佐軍神 ほか」桑名郡多度町大字小山1197
伊勢 桑名 桑名神社「天津彦根命、佐軍神一座田心姫 ほか」桑名市本町46


新潟県には 三社宮、七社宮などの神社が10座見いだされる。 中には別名を諏訪神社とするもの、 祭神に建御名方命とするものがあり、ここに採録すべきかとも思われるが、御社宮司神社や御射山社 が一座も見いだせないので、今回は見送った

『神社を中心とした宝飯郡史』『砥鹿神社誌』については桃色蜥蜴さんのご提供。色蜥蜴さんのHP
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