沖縄は日本の一部でありながら、独特の文化を守り続けて来たのは、沖縄
が辿ってきた時に辛く時に悲しい歴史と深い関係があるからでしょう。

 沖縄はもともと「琉球王国」として栄えていました。「琉球」は、日本と
中国双方と、貿易を通じて文化を取り入れながら、オリジナルな文化を発展
させて来ました。しかし、江戸時代になると日本は「琉球」を薩摩藩の支配
下に置き、さらに明治時代になると、かの有名な「琉球処分」が下り、ここ
に「沖縄県」が誕生したのです。

 「琉球王国」の城が首里城です。「琉球王国」は尚氏が治めてきました。
日本の室町時代にクーデターが起こり、元々の尚氏の血筋ではなく、家来に
あたる人の血筋となりました(第ニ尚氏)。その頃から首里城の拡張工事が
始まり、次々に新しい門や建物が建設されました。その後何度も焼失を繰り
返しながらも再建されてきました。しかし1879年、当時既に「琉球」は日本の統治下にあり、廃藩置県に伴い、首里城は開け渡されたのです。

 「琉球藩」が沖縄県になってしばらくして、首里城正殿は国宝に指定され
ました。その後守礼門なども次々に国宝に指定されたのですが、1945年沖縄
戦(太平洋戦争)により焼失。戦後、沖縄の本土復帰後に修復作業が進み、
現在は建立当時のような鮮やかな朱塗りの首里城を見ることができます。


 首里城は14世紀末に建立されたと言われ、との特徴からは日本と中国双方
の影響がうかがえる琉球独特の建築様式でとても美しい。現在、ユネスコの
文化遺産に登録されています。(→二千円札の図案「守礼門」)
 

ひめゆりの塔

 沖縄の歴史でまず思い浮かべるのが、悲惨な第二次世界大戦です。大平洋
戦争の時に、「本土決戦までの時間稼ぎ」のため沖縄は捨て石となり、一般
市民の多くが犠牲になりました。私たちと同世代の女学生が最後まで戦い続けたことはよく知られています。彼女達の碑が「ひめゆりの塔」です。

 

那覇

 那覇空港から車で10分程度のところに「平和通り」があります。ここは、
とても大きな商店街で、歩くだけで楽しめます。「平和通り」はどんな世代
の人も買い物ができるのでいつも多くの人で賑わっています。

 メインの通りから一歩奥に入ると、もうそこは時間がゆっくり流れている
ようなのんびりとした時空です。そこに「牧志第二公設市場」という市場が
あります。中は活気に溢れていて、沖縄ならではの食材が所狭しと並んでい
ます。赤、青など原色の派手な魚たち。真っ赤な魚はグルクンといい、塩焼
きにすると美味です。豚の顔の皮がまるごと売っています。沖縄料理に豚は
欠かせませんので、豚の耳から足まで市場で簡単に入手できます。

 ちなみに、豚の耳を食べるなんて信じられないと言う人も多いと思います
が、コリコリしていてなかなか美味。その名もミミガーといって、沖縄では
一般的です。市場の人達はみんな親切でとてもいい人なので、調理方法など
わからないことがあれば、聞けばわかりやすく教えてくれます。沖縄料理は
始めは驚くかもしれませんが、とてもおいしくて馴染みやすい料理です。

石垣島

 石垣島は那覇から飛行機で一時間くらいのところにあります。ここが、当「劇団ともえ座」代表(座長)石川 伸ならびに川門正彦氏生誕の地です。
 石垣の海は、本島の海よりさらに澄んでいてとてもきれいです。黒真珠の
養殖も行われている川平湾は、海の透明度が非常に高いので、グラスボート
で熱帯魚やサンゴを鑑賞することができます。とにかく美しいです。